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フルスタックデザイナーのふるまい

1日前

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考え方

デザイナーはどこまでやるべきか。
この問いへの探求は、しばしば職能の境界線を引く議論に陥りがちである。しかし、本質はそこにはないとかんがえる。優れたプロダクトは、厳格な役割分担ではなく、職能を超えた「価値貢献の連携」によって生まれるからだ。本稿で紹介する活動には、プロダクトマネージャー(PdM)の領域と大きく重なるものが多数含まれるが、それは意図的なものである。組織という生態系の中で、それぞれの専門性が有機的に作用し、顧客価値が最大化されていれば、役割の重複は問題ではない。
全てのデザイナーがフルスタックである必要は全くない。重要なのは、デザイナーという職能が、顧客の「体験」と「認識」の間に、いかにして好循環を生み出すかである。優れた「体験(Experience)」は、プロダクトへのポジティブな「認識(Perception)」を育む。そして、そのポジティブな「認識」は、次なる「体験」への動機付けとなり、他者へも伝播する。このループをデザインすることこそが、デザイナーの根源的な役割である。
その上で、個人の付加価値を「顧客価値」「組織価値」「事業価値」という3つのレイヤーで捉える。
  1. 顧客価値(Customer Value): デザイナーの主戦場。「体験」と「認識」の質を高め、ユーザーにとって価値があり、使いやすく、魅力的なプロダクトを直接的に創造すること。
  1. 組織価値(Organizational Value): 質の高い顧客価値を、再現性高く、持続的に生み出すための土台。プロセス改善、知識の形式知化、チームの協働促進など、組織の能力そのものを高めること。
  1. 事業価値(Business Value): 上記2つの価値創出の結果として、最終的に事業にもたらされる成果。収益、市場シェア、ブランド価値の向上など。
この一連の価値創出プロセスは、デザイン思考の根幹であるダブルダイヤモンドモデルと深く関連する。このモデルは、「正しい問題を見つける(問題空間)」と「正しい解決策をつくる(解決策空間)」という、2つの大きな発散と収束のプロセスを示す。本稿の10フェーズは、このモデルを実際のプロダクト開発の文脈で、より具体的に解き明かす試みである。
 

【第1ダイヤモンド:問題空間の探求】


01 | アイデア創出と機会探索 《問題空間:発散フェーズ》

このフェーズで重要なこと

「指示待ち」ではなく、顧客の真実や事業の洞察から価値あるアイデアの種が生まれ続ける「仕組み」を構築することである。ここでは思考の制約を設けず、あらゆる可能性を広く発散的に探索することが求められる。
  • 価値/アウトカム: 顧客の声の可視化と潜在ニーズの発見
    • 発揮される専門性: 定性データ分析力, インサイト抽出能力
    • 具体的なアクション: セールスやCSに同行・ヒアリングし、顧客の生の声を収集する。NPSや問い合わせの定性コメントを分類・構造化し、傾向を可視化する。収集した情報から、顧客自身も言語化できていない欲求や課題の仮説を立てる。
  • 価値/アウトカム: 新たな事業機会に繋がる着想
    • 発揮される専門性: トレンドリサーチ力, アナロジー思考
    • 具体的なアクション: 国内外の競合・非競合のプロダクトやサービスを日常的にリサーチし、インプットを蓄積・共有する。異業種の成功事例やビジネスモデルを自社プロダクトに応用できないか、アナロジー(類推)を用いて発想を広げる。

02 | 顧客と市場の定義 《問題空間:発散フェーズ》

このフェーズで重要なこと

発散的に集めた情報をもとに、事業リソースを投下するに値する「顧客セグメント」と「市場」の解像度を上げていくことである。誰に価値を届けるのか、その人物像が以降の全ての意思決定の拠り所となる。
  • 価値/アウトカム: チーム全体での顧客像の解像度向上
    • 発揮される専門性: ペルソナ/共感マップ設計, UXリサーチ
    • 具体的なアクション: 既存の定量データ(デモグラ等)と定性データ(インタビュー等)を統合し、具体的な人物像としてペルソナを作成する。ペルソナの思考や感情を可視化する共感マップ(エンパシーマップ)を作成し、チームでワークショップを実施する。
  • 価値/アウトカム: 事業戦略におけるターゲットの明確化
    • 発揮される専門性: ビジュアルコミュニケーション, 市場分析
    • 具体的なアクション: 競合他社の機能や特徴をマッピングし、市場における自社の立ち位置を視覚的に整理する。複数の顧客セグメントが存在する場合、それぞれの特徴や魅力を可視化し、ターゲット選定の議論を支援する。

03 | プロダクト戦略とビジョン策定 《問題空間:収束フェーズ》

このフェーズで重要なこと

チームが向かうべき「北極星」を定めることである。発散した可能性の中から、事業としてどこを目指すのかという一点に意思決定を収束させる。このビジョンが、日々の活動に意味と一貫性を与える。
  • 価値/アウトカム: チームを結束させる、具体的で共感可能な未来像
    • 発揮される専門性: ビジョンデザイン, ストーリーテリング
    • 具体的なアクション: プロダクトが実現した未来のユーザー体験を、ストーリーボードや体験プロトタイプ(動画など)として具体的に描き出す。「未来のプレスリリース」や「理想のユーザーの声」を作成し、チームが目指すゴールを物語として共有する。
  • 価値/アウトカム: 戦略における顧客中心主義の担保
    • 発揮される専門性: ユーザー代弁能力(User Advocacy), 倫理的思考
    • 具体的なアクション: KPIやビジネスモデルの議論の場で、常に「その決定はユーザーにどのような影響を与えるか」という視点を提示する。短期的な利益と長期的な顧客の信頼がトレードオフになる場面で、警鐘を鳴らし、議論を促す。

04 | 課題の発見と定義 《問題空間:収束フェーズ》

このフェーズで重要なこと

チームが「間違った問題」を解いてしまうことを防ぐことである。ここでの見誤りは、以降の全ての努力を無に帰すため、最も重要な分岐点となる。広げた問題領域を分析し、解くべき核心的な課題(コアプロブレム)を一つに定義し、収束させることが求められる。
  • 価値/アウトカム: チームが解くべき「真の課題」の特定
    • 発揮される専門性: 定性リサーチ設計力, 根本原因分析(RCA)
    • 具体的なアクション: 課題仮説を検証するためのデプスインタビューや文脈調査(Contextual Inquiry)を設計・実施する。インタビューの発言録を分析し、アフニティマッピングや「5つのなぜ」などの手法を用いて、表面的な事象の奥にある根本原因を探る。発見した課題を、チームの共通言語となる課題定義書(Problem Statement)として明文化する。
  • 価値/アウトカム: 課題解決のインパクトを最大化する介入点(レバレッジポイント)の発見
    • 発揮される専門性: サービスデザイン思考, システム思考
    • 具体的なアクション: ユーザーの行動、思考、感情の変遷を時系列で可視化するカスタマージャーニーマップを作成する。プロダクトと顧客の全ての接点を俯瞰するサービスブループリントを作成する。ジャーニーやブループリントの中から、最も効果的に体験を改善できる「テコの支点(レバレッジポイント)」を特定し、チームに提示する。

【第2ダイヤモンド:解決策空間の探求】


05 | 解決策の着想と概念化 《解決策空間:発散フェーズ》

このフェーズで重要なこと

定義された課題に対して、一つの正解に固執せず、実現可能性や既存の制約を一度脇に置き、創造的で多様な解決策の可能性を最大限に広げることである。再び思考を発散させる段階だ。
  • 価値/アウトカム: 職種を超えた協働による、創造的で多様な解決策
    • 発揮される専門性: ワークショップデザイン, ファシリテーションスキル
    • 具体的なアクション: 課題とゴールを明確にした上で、アイデア発散のためのワークショップ(Crazy 8s、アイデアスケッチ等)を設計・主催する。多様な意見を引き出し、脱線を防ぎながら、議論を建設的な方向へと導く。
  • 価値/アウトカム: 議論の生産性向上
    • 発揮される専門性: ラピッドプロトタイピング, ビジュアルシンキング
    • 具体的なアクション: 議論中に出たアイデアを、その場でホワイトボードやスケッチに描き起こし、認識のズレを防ぐ。複数のアイデアを組み合わせたソリューションコンセプトを、シンプルな画面遷移図やコンセプトダイアグラムとして可視化する。

06 | コア体験のプロトタイピングと検証 《解決策空間:発散〜収束フェーズ》

このフェーズで重要なこと

「作ってみなければわからない」という不確実性を、コードを書く前に最小限にすることである。複数のアイデアを動く形で検証し、学習を通じて徐々に解決策を絞り込んでいく、発散と収束のミニサイクルを高速で回すことが重要だ。
  • 価値/アウトカム: 開発着手前の、迅速な学習と手戻りリスクの最小化
    • 発揮される専門性: インタラクションデザイン, ユーザビリティテスト設計
    • 具体的なアクション: Figma等を用いて、検証に必要な最小限のインタラクションを備えたプロトタイプを作成する。思考発話法などの手法を用い、ユーザーがプロトタイプを操作する様子を観察し、課題を発見するユーザビリティテストを実施する。
  • 価値/アウトカム: 「作るべきではないもの」を特定することによる、開発リソースの節約
    • 発揮される専門性: 価値仮説検証(Value Proposition Testing), 批判的思考
    • 具体的なアクション: プロトタイプに対するユーザーの反応(特に「これができたらお金を払うか」といった価値に関する質問への回答)を注意深く観察する。ユーザーに価値が響かなかった機能やコンセプトを特定し、その理由を分析してチームに報告する。

07 | 詳細設計と実装連携 《解決策空間:収束フェーズ》

このフェーズで重要なこと

検証されたコンセプトを、ユーザーが実際に触れることができる高品質なプロダクトへと昇華させることである。発散したアイデアを、一貫性のある一つの体験へと収束させ、抽象的なアイデアと具体的な実装コードとの間のギャップを徹底的に埋めていく作業だ。
  • 価値/アウトカム: ブランド価値とユーザビリティを両立した、高品質な顧客体験
    • 発揮される専門性: UIデザイン, 情報アーキテクチャ(IA), アクセシビリティ
    • 具体的なアクション: タイポグラフィ、色彩、レイアウトなどを駆使し、認知負荷が低く、直感的に操作できるUIをデザインする。エラーステート、ローディング、空の状態(Empty State)など、あらゆる状態のUIを網羅的に設計する。多様なユーザーが利用できるよう、アクセシビリティ標準(WCAG等)を考慮したデザインを行う。
  • 価値/アウトカム: 開発の生産性と品質の向上(組織価値への貢献)
    • 発揮される専門性: デザインシステム思考, コンポーネント設計
    • 具体的なアクション: デザインシステムで定義されたコンポーネントを最大限活用し、効率的にUIを構築する。新たに作成したUI要素を、再利用可能なコンポーネントとしてデザインシステムに提案・追加する。デザインの意図(マージン、インタラクション等)を正確に伝えるための仕様書を作成する。

08 | ローンチ準備とGo-to-Market 《解決策空間:収束〜提供フェーズ》

このフェーズで重要なこと

プロダクトの「価値」を、適切な顧客に、適切な方法で届けることである。プロダクトの体験と、それを知る体験(マーケティング)に一貫性を持たせ、作り上げた価値を市場に正しく提供(Deliver)する。
  • 価値/アウトカム: プロダクトの価値が顧客に正しく伝わる、一貫したコミュニケーション
    • 発揮される専門性: UXライティング, ブランドアイデンティティ
    • 具体的なアクション: プロダクトマーケティングマネージャー(PMM)と連携し、機能の価値を伝えるためのマーケティングコピーやLP(ランディングページ)の文言をレビュー・提案する。プロダクトのトーン&マナーと、マーケティングコミュニケーションのトーン&マナーに一貫性を持たせる。
  • 価値/アウトカム: ユーザーが価値を体感し、定着するまでの離脱率低下
    • 発揮される専門性: オンボーディング設計, 行動経済学
    • 具体的なアクション: 新規ユーザーがプロダクトのコア機能を体験し、「アハ体験」を得るまでの一連のチュートリアルやツールチップを設計する。ユーザーが挫折しがちなポイントを予測し、それを乗り越えるための支援や動機付けをデザインに組み込む。

09 | プロダクトローンチと初期モニタリング 《解決策の提供と評価》

このフェーズで重要なこと

仮説と現実の照合である。リリースしたものが、想定通りに顧客価値を生み出しているか、予期せぬ問題は起きていないかを、迅速かつ正確に把握し、評価することだ。
  • 価値/アウトカム: 顧客の初期反応の迅速な把握と、クリティカルな問題への即応体制
    • 発揮される専門性: 定性・定量データの統合分析, 問題発見能力
    • 具体的なアクション: ユーザー行動録画ツール(FullStory等)を観察し、データ上の数値の異変が「なぜ」起きているのか、具体的なユーザー行動から原因を特定する。SNSやカスタマーサポートに寄せられる声をリアルタイムで収集・分析し、緊急性の高い問題を特定してチームに共有する。
  • 価値/アウトカム: 仮説と現実のギャップの特定
    • 発揮される専門性: データ分析, 仮説検証能力
    • 具体的なアクション: PMMやデータアナリストと協働し、A/Bテストの結果や主要KPIの変動を分析する。ローンチ前に立てた「ユーザーはこう使うだろう」という仮説と、実際の使われ方とのギャップを分析し、レポートとしてまとめる。

10 | 継続的な改善とフィードバックループ 《次のダイヤモンドへの接続》

このフェーズで重要なこと

プロダクトを「一度作って終わり」にせず、生きた生命体として継続的に進化させる「学習する仕組み」を回し続けることである。このフェーズでの学びが、次のダブルダイヤモンドの最初の発散フェーズへと繋がっていく。
  • 価値/アウトカム: データに基づく、次の改善アクションの優先順位付け
    • 発揮される専門性: 機会領域の評価, ROI(投資対効果)思考
    • 具体的なアクション: 発見された複数の課題や改善機会に対し、「影響を受けるユーザー数」と「体験の改善度」の2軸で評価し、優先順位付けに貢献する。小さなUI改善から、大規模な機能追加まで、それぞれの施策の投資対効果を考慮した上で、プロダクトバックログの議論に参加する。
  • 価値/アウトカム: プロダクトを継続的に進化させる、持続可能な学習サイクル(組織価値への貢献)
    • 発揮される専門性: ナレッジマネジメント, 組織学習の促進
    • 具体的なアクション: 一連のプロジェクトで得られた成功・失敗の学びを、再現可能な形式知(デザイン原則、リサーチTIPSなど)としてドキュメント化し、組織の資産にする。プロジェクトの振り返り(レトロスペクティブ)を主催し、プロセス自体の改善点を特定・実行する。

フェーズを横断するケイパビリティ

上記のフェーズごとの活動に加え、デザイナーが真に価値を発揮するためには、特定のフェーズに限定されない横断的な能力が不可欠である。
  • ファシリテーション: 多様な職種のメンバーが集まる場で、発散と収束を促し、チームの集合知を引き出す。単なる会議の司会進行ではなく、合意形成や意思決定のプロセスそのものをデザインする。
  • ビジョン・クラフティング: データやファクトだけでなく、ユーザーへの共感を通じて、チームが目指すべき北極星(North Star)となるプロダクトビジョンを言語化・視覚化し、チームの士気を高める。
  • ストーリーテリング: なぜこの課題に取り組むのか、このプロダクトが実現する未来はどのようなものか、といった「物語」を語ることで、ステークホルダーの理解と共感を得て、プロジェクトの推進力を生み出す。
  • システム思考とデザインシステム: UIコンポーネントを個別の要素としてではなく、全体的な体験を構成するシステムとして捉える。デザインシステムを構築・維持し、組織全体のアウトプットの品質と生産性を向上させる。
  • 組織へのイネーブルメント: デザイナーだけの活動に閉じず、リサーチ手法やデザイン原則を組織に展開することで、デザイナー不在の場でもユーザー中心の意思決定が行われる文化を醸成する。

おわりに

本稿で示したデザイナーのふるまいは、あくまで一つのモデルである。重要なのは、この地図を参考に、自身のチームのコンテキストに合わせて、職種間の最適な連携のかたちを模索し、対話し続けることだ。
デザイナーの役割は、固定的なタスクリストではない。プロダクトの成功という共通目的に向かって、ダブルダイヤモンドの発散と収束のあらゆる局面で、最適な価値貢献を思考し、実行していくダイナミックな「ふるまいの集合体」である。役割の重複は、その健全な現れに他ならない。
 

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