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シンプルなUI

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シンプルさの再定義

はじめに

質の低いUIデザインを目にした際に抱く「なんとなくイケてない」「ごちゃごちゃしている」という感覚について考察し、マインドセットと

よくある考え方

旧OS(アンインストール必須)
新OS(インストール推奨)
強調の捉え方
「強調=視覚的雄弁」モデル 重要度を、要素が持つ絶対的な視覚的強度(大きさ、派手さ)で表現しようとする。結果、終わりなき「派手さのインフレ」に陥る。
「強調=相対性」モデル 重要度は、ページ全体の文脈と、他の要素との関係性によって生まれる。最も効果的な強調は、それ以外の全てを静かにさせることで達成される。
問題解決の捉え方
「問題解決=加算」モデル 問題解決は、常に何か新しい要素を追加することで達成されるという足し算の思考。結果、「機能の肥大化」を招き、本質的価値が埋もれる。
「問題解決=削減」モデル 優れたデザインの本質は、加えることではなく、極限まで削ぎ落とすことにある。あらゆる要素は、存在するだけでユーザーに認知コストを支払わせる「税金」である。
最適化の視点
「局所最適」モデル 各要素が個別に「正しく」見えれば、全体としても良いデザインになるはずだという木を見て森を見ずの思考。
「全体最適」モデル デザインとは、要素間の関係性(レイアウト、グルーピング、余白)を設計することであり、都市計画のようなものである。個々の建物の美しさより、全体の構造が体験を決定づける。
このパラダイムシフトの中核をなすのは「デザインとは、装飾ではなく、意図の視覚化である」という思想であり、これから詳述する原則群は、その思想を支える普遍的な法則である。

形態から認知へ

デザインは多くの場合、シンプルさを追求するべきであり、シンプルさへの努力がないワークには作業者がデザイナーである価値がないといっても過言ではない。
そして、デザインが追求すべきシンプルさは、単に要素を減らし、見た目をミニマルにすること(Simplicity in Form: 形態的シンプルさ)と同義ではない。
UIにおけるシンプルさとは、ユーザーの認知プロセスにおけるシンプルさ(Simplicity in Cognition: 認知的シンプルさ)である。ユーザーが自らの目的を達成するまでの思考の道のりが、いかに短く、滑らかで、摩擦がないか、という一点に集約される。
「複雑であること自体は悪ではない。混乱させることが悪なのだ。単純さを忘れて、うまく管理された複雑性をこそ称賛しよう」 ドン・ノーマン
見た目がどれだけミニマルであっても、ユーザーが「このアイコンは何を意味するんだ?」「次は何をすればいいんだ?」と考え込んでしまう瞬間が一度でもあれば、それは機能不全に陥った複雑なデザインである。逆に、一見すると情報量が多くても、ユーザーが思考することなく、流れるようにタスクを完了できるのであれば、それは見事に管理されたシンプルなデザインといえる。
この2つのシンプルさの対立は、しばしば直感に反する結論を導き出す。
例えば、ナビゲーションからテキストラベルを削除し、アイコンのみにすることは、形態的シンプルさを向上させるかもしれない。しかし、その結果ユーザーがアイコンの意味を推測する思考コストを支払うのであれば、認知的シンプルさは著しく低下している。この場合、テキストラベルを「追加」する行為こそが、ユーザーの思考を「削減」するソリューションになる。
したがって、物理的なパーツを減らすことそれ自体を目的化することではない。ユーザーの思考のステップを一つでも多く減らすこと(ときに効果的に増やすこと)。ユーザーの脳から、本来不要な意思決定の負担を肩代わりすることである。

認知の物理法則

敵を知る: 認知負荷(Cognitive Load)

1980年代に教育心理学者ジョン・スウェラーによって提唱された認知負荷理論(Cognitive Load Theory)。
この理論の根幹は、人間のワーキングメモリ(情報を一時的に保持し、能動的に処理するための脳の作業領域)の容量が、生物学的に極めて限定的であるという事実に基づいている。コンピュータのRAMに例えるなら、ワーキングメモリは揮発性で、かつ容量が非常に小さい(近年の研究では3〜5チャンク程度とされる)。
人間の認知アーキテクチャが数万年単位でほとんど変化していないのに対し、我々がスクリーンを通して浴びせる情報の量は爆発的に増加した。この進化の速度の非対称性こそが、現代のUIデザインが直面する課題といえる。
認知負荷は、その性質から以下の3つに分類される。デザイナーの責務は、これらの性質を正確に理解し、コントロール可能な対象に資源を集中させることにある。
  • 内的認知負荷 (Intrinsic Cognitive Load):
    • タスクそのものが内包する本質的な複雑さに起因する負荷である。 例えば、3つの異なる料金プランの長所と短所を比較検討するタスクは、単一のボタンをクリックするタスクよりも、その構造上、本質的に複雑である。この負荷は、デザイナーが直接的に削減することはできない。我々の役割は、ユーザーがこの不可避な負荷の処理に全神経を集中できる環境を整えることにある。
  • 本質的認知負荷 (Germane Cognitive Load):
    • 新しい知識やスキル、すなわちスキーマ(過去の経験を通じて形成された知識の枠組み)を長期記憶に定着させる過程で生じる、ポジティブで「良い」負荷である。 ユーザーが初めてプロダクトを使い、「紫色のボタンは『プランをアップグレードする』という意味だ」と学習する際に発生するこの負荷は、彼らの習熟度を高める上で不可欠である。デザインの目標は、ユーザーがこの本質的な学習に最大限の認知リソースを投資できるよう促すことにある。
  • 外的認知負荷 (Extraneous Cognitive Load):
    • デザインそのものの不備によって生じる、不要で有害な負荷である。 一貫性のないレイアウト、不明瞭なアイコン、煩雑な装飾、無関係な情報、注意を散漫にさせるアニメーション――これら全てが、ユーザーの貴重なワーキングメモリを盗み、本来の目的達成を妨げる。例えば、フッターに紛れた小さなテキストリンクの「お問い合わせ」を探させる行為は、純粋な外的認知負荷である。
この理論から導き出される我々の使命は明白である。外的認知負荷を徹底的に最小化し、それによって解放されたユーザーの認知リソースを、本質的認知負荷(=学習と習熟)と内的認知負荷(=タスクの達成)へと再配分すること。
したがって、UIをシンプルにするという行為は美的選択ではなく、ユーザーの有限な認知資源を最適化するための責務である。

敵を測る: 視覚的情報量(Visual Information Volume)

諸悪の根源である外的認知負荷を増大させる「ごちゃごちゃ感」を、より具体的に、定量的に捉えることはできるか。そのための強力な概念が視覚的情報量である。これは、情報理論の考え方を応用したもので、以下のように定義できる。
視覚的情報量 ≒ 要素の総数 × スタイルのユニーク数
  • 要素の総数: スクリーンあるいはコンポーネント内に存在する、視覚的に認識可能なオブジェクト(テキストブロック、ボタン、アイコン、入力フィールド、画像など)の総数。
  • スタイルのユニーク数: その範囲内で使用されている「視覚的変数の種類」の数。具体的には、ユニークなフォントサイズ、フォントウェイト(太さ)、色相・彩度・明度、罫線のスタイル、角丸の半径、ドロップシャドウの種類など、ユーザーが識別可能な全ての視覚的変数が含まれる。
この式が示す重要な事実は、情報量は要素数だけでなく、スタイルの多様性によっても指数関数的に増加するという点である。
人間の脳は、新しい視覚スタイル(例えば、これまでに見ていない青色のテキスト)に遭遇するたびに、「このスタイルは何を意味する新しいルールだろうか?」と無意識に解読しようと試み、ワーキングメモリを消費する。これは、ユーザーの脳内に、そのスクリーン専用の精神的なスタイルガイド(凡例)を構築させる行為に等しい。
例えば、5種類の異なるグレースケールが混在するUIを考えてみよう。ユーザーの脳は、「最も薄いグレーはdisabled状態か?」「次に薄いグレーはプレースホルダーか?」「中間のグレーは本文か?」「濃いグレーは小見出しか?」「最も濃いグレーは主見出しか?」といった解読プロセスを強いられる。この解読プロセスそのものが、純粋な外的認知負荷なのである。安易に新しいスタイルを追加する行為は、ユーザーが参照・記憶すべきこの精神的スタイルガイドに新たな項目を追加し、認知の税金を課す行為に他ならない。

チャンキング(Chunking)

上記の認知負荷と視覚的情報量の問題を解決するための、最も基本的かつ強力な戦術が「チャンキング」である。これは、膨大で複雑な情報を、人間のワーキングメモリが処理しやすい、関連性の高い意味のある小さな塊(チャンク)に分割して提示する手法である。
心理学者ジョージ・ミラーが1956年に提唱した論文で有名になった「マジカルナンバー7±2」は、このチャンキングの概念の基礎となった。しかし、これはあくまで短期記憶の上限を示すものであり、UIデザインのような注意が散漫になりがちな環境においては、より厳しい制約を課すべきである。近年のユーザビリティ研究では、我々がワーキングメモリで快適に扱えるチャンクの数は、現実的には3〜5個と、さらに少ないことが示唆されている。
チャンキングがなぜ効果的なのか。それは、脳が個別の情報単位(例: 1, 9, 8, 4)を、一つのより高次の概念(例: 西暦1984年)として認識し、ワーキングメモリ上のスロットを一つしか消費しなくなるからである。電話番号 09012345678(11個の数字)を 090-1234-5678(3つのチャンク)として提示することは、この認知メカニズムの典型的な応用である。
UIデザイナーにとって、チャンキングは単なるレイアウトの工夫ではない。それは、人間の認知アーキテクチャに対する深い敬意の表明であり、ユーザーが情報を効率的に符号化し、理解し、記憶するのを助けるための、最も基本的な支援行為なのである。Airbnbが複雑なフィルターオプションを「日程」「人数」「部屋タイプ」といった直感的なチャンクに分割して提示するのは、まさにこの原則の実践である。これにより、ユーザーは一度に大量の選択肢に圧倒されることなく、段階的に、そして自信を持って情報を処理できるのだ。

認知をシンプルにするためのモジュール

前章で述べた「認知の物理法則」は、我々が活動するフィールドのルールを規定する。本章では、そのルールの中で勝利を収める、すなわちユーザーの認知プロセスを極限までシンプルにするための、具体的かつ体系的な戦術モジュールを探求する。これらは、単なるデザインのテクニックではない。それぞれが認知科学の深い洞察に裏打ちされた、再現可能な思考のフレームワークである。

3.1 モジュール1: 視覚的階層 (Visual Hierarchy) ― 視線を導き、沈黙で語る

【理論】
視覚的階層とは、人間の視覚システムに内在する、半ば自動化された情報スキャンニングのメカニズムを意図的に利用し、スクリーン上の情報の重要度に序列を与える設計思想である。これは、ユーザーに「どこから、どの順で見るべきか」を無意識レベルで伝達し、認知の迷子を防ぐための、最も根源的なナビゲーションである。
その科学的根拠は、「事前注意処理(Pre-attentive Processing)」という脳機能にある。我々の脳は、意識的に「何かを読もう」「何かを理解しよう」とするよりも遥かに速い段階(250ミリ秒以下)で、視野に入った情報の基本的な視覚特徴(サイズ、色、コントラスト、形状、位置、動きなど)を並列的かつ自動的に処理する。例えば、赤い点が一つだけ混じった多数の黒い点の中から、我々は意識的な努力なしに赤い点を瞬時に「発見」できる。これこそが事前注意処理の力である。
視覚的階層の構築とは、この強力な脳機能をハックし、デザイナーが最も重要だと意図した要素(シグナル)を、他の要素(ノイズ)の中から瞬時に浮かび上がらせる作業に他ならない。これはシグナル対ノイズ比(S/N比)を最大化するプロセスと言い換えることができる。全員が叫んでいる騒がしいパーティー会場で、特定の一人の声を聞き取ることは困難である。その声を届ける最も効果的な方法は、その一人にだけメガホンで叫ばせること(=派手さのインフレ)ではない。その他全員に静かにしてもらうことである。これこそが、強調は絶対的な視覚強度ではなく、相対的な関係性の中から生まれるという原則の核心である。
また、Nielsen Norman Groupなどのユーザビリティ研究によって、西洋文化圏のユーザーがウェブページをスキャンする際には、特定のパターン(テキストが多い場合はF字型パターン、視覚要素が多い場合はZ字型パターン)を描く傾向があることが知られている。効果的な視覚的階層は、これらの自然な視線の流れを妨げるのではなく、むしろその経路上に最も重要な情報を配置することで、情報発見の効率を最大化する。
プラクティス
  • サイズとスケール(支配的な要素の定義):
    • 最も重要な見出し(H1)は、本文テキストの1.8倍〜2.5倍程度のサイズにするなど、明確なタイポグラフィスケールを定義し、一貫して適用する。視覚的な重みを配分する目安として、主要要素(例: ヒーローイメージ)に60%、二次要素(例: 小見出し群)に30%、アクセント要素(例: CTAボタン)に10%といった「60-30-10ルール」を応用する。
  • 色とコントラスト(注意の焦点化):
    • プロダクトの主要なアクション(購入、送信、保存など)に、一貫したブランドのアクセントカラーを割り当てる。二次的なアクション(キャンセル、戻るなど)は、無彩色や輪郭線のみの「ゴーストボタン」として表現し、明確な序列を確立する。全てのテキストと背景の間には、読みやすさを担保するため、WCAGが定める最低4.5:1のコントラスト比を確保する。これはアクセシビリティ要件であると同時に、全てのユーザーの外的認知負荷を低減する普遍的なプラクティスである。
  • 余白/ネガティブスペース(関係性の定義と焦点の創出):
    • 余白を、単なる「空き」ではなく、情報をグルーピングし、要素間の関係性を定義するための最も強力な「アクティブな要素」として扱う。文字間や行間といったマイクロスペースは読みやすさを、コンポーネント間やセクション間のマクロスペースは情報構造の理解を司る。Appleの製品ページのように、意図的に広大な余白を用いることで、プロダクトそのものに視線を集中させ、高級感と明瞭性を演出する。
アンチパターン
  • 🚨 明確な焦点の欠如(すべてが重要症-候群):
    • 複数の要素が同程度の視覚的ウェイトを持ち、どれが主役(シグナル)なのかが不明瞭な状態。ユーザーの視線はさまよい、どこから情報を処理すべきか分からず、認知的な混乱に陥る。
  • 🚨 強調表現のインフレーション(地獄のループ):
    • 強調の要求に応えるため、安易に新しい色、より大きなフォントサイズ、過剰なドロップシャドウなどを追加し続ける。結果として、視覚的情報量が増大し、ページ全体のS/N比が著しく低下する。昨日の「強調」が、今日の「標準」になってしまう。
  • 🚨 一貫性のないパターン:
    • ページやセクションによって、見出しのスタイルやボタンのデザインが異なる。これにより、ユーザーが構築したスキーマが破壊され、全ての要素を毎回新たに解釈し直すという、極めて高い外的認知負荷を強いられる。

3.2 モジュール2: ゲシュタルトの法則 (The Gestalt Laws) ― 脳の「自動整理機能」をハックする

【理論】
20世紀初頭のドイツで誕生したゲシュタルト心理学は、「全体は、それを構成する部分の単純な総和とは異なる」という核心的命題を提唱した。人間の知覚は、個別の視覚要素(点、線、形)をバラバラに認識するのではなく、それらを瞬時に、そして無意識的に意味のある「まとまり(ゲシュタ-ルト)」として体制化しようとする、極めて強力なトップダウン処理の性質を持つ。
この法則群は、単なるデザインのTipsではない。それは、脳がエネルギー消費を最小限に抑え、複雑な世界を効率的に把握するために進化の過程で獲得した、OSレベルの認知的なショートカットであり、組み込みのファームウェアである。デザイナーの仕事は、この抗いがたい脳の習性を無視して無用な認知負荷を発生させることではない。むしろ、この法則を意図的に利用し、脳が最も自然に、かつ効率的に情報を処理できる形で構造を提供することにある。
  • 近接の法則 (Law of Proximity): 物理的に近くに配置された要素は、一つのグループとして認識される。
  • 類似の法則 (Law of Similarity): 視覚的特徴が類似した要素は、関連性のあるグループとして認識される。
  • 閉合の法則 (Law of Closure): 人間の脳は、不完全な図形を完全な形として自動的に補完して認識しようとする。
  • 連続の法則 (Law of Continuation): 我々の視線は、線や滑らかな曲線に沿って自然に流れを追う。
  • 図と地の法則 (Law of Figure-Ground): 我々の知覚は、視野を主要な対象(図)と背景(地)に分離しようとする。
これらの法則を理解し応用することは、混沌とした要素の集合に秩序と意味を与え、外的認知負荷を劇的に低減させるための、最も基本的な技術となる。

プラクティス

  • 近接によるグルーピングの徹底:
    • 「内部は密に、外部は疎に」という原則を、あらゆるスケールで再帰的に適用する。フォームのラベルと入力フィールドの垂直マージンは最小限(例: 4px)に、フィールドペア間には十分なマージン(例: 16px)を設ける。これにより、ラベルとフィールドが不可分なユニットであることが明確になる。
  • 類似による視覚的辞書の構築:
    • プロダクト内で使用するインタラクティブ要素のスタイルを厳格に定義し、一貫して使用する。例えば、「プライマリーアクション」は必ず塗りつぶしのブランドカラーボタン、「セカンダリーアクション」は輪郭線のみのボタン、といった具合である。この一貫性により、ユーザーは「この見た目のものは、こういう機能を持つ」というスキーマ(知識の枠組み)を迅速に構築でき、思考のショートカットが実現する。

アンチパターン

  • 🚨 均等マージンの罠 (The Trap of Equal Spacing):
    • 関連性が全く異なる複数の要素群が、すべて同じ間隔で配置されている状態。脳はどこからどこまでが一つのグループなのかを判断できず、グルーピングに失敗する。これは、デザイナーが余白を「アクティブな要素」としてではなく、単なる「隙間」としてしか認識していないことの証左である。
  • 🚨 視覚的偽装 (Visual Deception):
    • 同じ機能であるにもかかわらず、場所によって見た目が異なる。これはユーザーが構築したスキーマを裏切る行為であり、信頼を損ない、すべてのUI要素を毎回新たに解釈させるという、極めて高い認知コストをユーザーに強いる。

3.3 モジュール3: 選択のアーキテクチャ (Choice Architecture) ― 決断をシンプルにし、迷いをなくす

【理論】
  • ヒックの法則(Hick's Law)は、人が意思決定に要する時間を数学的に記述した、行動科学における金字塔である。その式 RT = a + b log₂(n) が示す冷徹な事実は、反応時間(RT)が選択肢の数(n)の対数に比例して増加するという点にある。
この「対数」という部分の理解が、デザイナーにとって決定的に重要である。これは、選択肢を1つから2つに増やす認知コストと、10個から11個に増やす認知コストでは、前者の方が圧倒的に高いことを意味する。「あと一つボタンを追加するだけ」という安易な判断が、ユーザー体験に与えるダメージは、デザイナーの想像を遥かに超える。
さらに、この法則の背後には、より深刻な心理現象が存在する。人間の意思決定能力は、筋肉のように使うほどに疲弊する有限なリソースである。この現象は「決定疲れ(Decision Fatigue)」として知られる。UI上で提示される無数の些細な選択は、この精神的スタミナを少しずつ、しかし確実に削り取っていく。
決定疲れが進行したユーザーは、論理的な思考を放棄し、最終的には意思決定そのものを放棄する「選択麻痺(Choice Paralysis)」へと至る。ECサイトで多数の商品を比較検討した挙句、何も買わずに離脱する行動は、この典型例である。
したがって、デザイナーの役割は、単に選択肢を提示することではない。ユーザーの認知特性と心理的限界を深く理解し、彼らが最小の精神的エネルギーで最良の決断を下せるように、選択肢の環境そのものを設計する「選択の建築家(Choice Architect)」でなければならない。

プラクティス

  • チャンキングによる分割統治:
    • 多数の選択肢が不可避な場合、それらを意味のある小さな塊に分割する。単に50個の選択肢を並べるのではなく、「よく使われる国」「アジア」「ヨーロッパ」といったカテゴリに分けることで、各ステップでユーザーが知覚する選択肢の数 (n) を劇的に減らす。
  • 賢いデフォルト値による負荷転嫁:
    • 多くのユーザーにとって最適と思われる選択肢を、あらかじめ選択状態にしておく。これにより、大多数のユーザーは「決定」という認知コストの高い作業から解放され、「確認」という低コストな作業だけで済む。
  • 段階的開示(Progressive Disclosure)による複雑性の隠蔽:
    • インターフェースの初期状態では、最も一般的で重要な機能のみを提示する。高度な機能は、「詳細設定」といった明確なシグニファイア(目印)の背後に戦略的に隠蔽する。

アンチパターン

  • 🚨 コックピット症候群 (The Cockpit Syndrome):
    • 航空機のコックピットのように、あらゆる機能、設定、情報を一つの画面に網羅的に表示しようとする。これは「ユーザーに全ての選択肢を提供する」という誤った親切心から生まれるが、実際には選択麻痺と決定疲れを引き起こし、ユーザーを操作不能に陥らせる。
  • 🚨 長大フォームの悪夢 (The Monolithic Form of Despair):
    • 20項目以上の入力フィールドを、何のグルーピングもステップ分割もなしに、単一のページに並べる。ユーザーは完了までの道のりが見えず、スクロールするたびに決定疲れが蓄積し、フォームの完遂率(コンバージョン率)は壊滅的になる。

3.4 モジュール4: 段階的開示 (Progressive Disclosure) ― 複雑性を飼いならす

【理論】
複雑な情報や機能を、ユーザーを圧倒することなく提供するための最も強力な設計思想が「段階的開示(Progressive Disclosure)」である。これは単一のUIパターンではなく、情報を戦略的に「隠し」「必要な時にだけ見せる」という、複雑性管理の根底をなす哲学である。
ここで重要なのは「認知コスト vs インタラクションコスト」という戦略的なトレードオフの概念だ。20個の選択肢が並んだ乱雑な画面を一度に提示することは、ユーザーに極めて高い「認知コスト」を強いる。ユーザーは、たとえその多くが自分に関係のない選択肢であっても、それら全てを一度スキャンし、評価し、無視するという精神的作業を強いられるからだ。
対照的に、5つの主要な選択肢と「もっと見る」リンクを提示するインターフェースは、初期の認知コストを劇的に下げる。残りの15個の選択肢を見るためにユーザーが支払う「インタラクションコスト」(1回のクリック)は、複雑な画面を精神的に処理する認知コストに比べてはるかに「安い」。我々の仕事はクリック数を減らすことではなく、思考の回数を減らすことなのである。 このクリックは、高度な機能を必要としない大多数のユーザーにとって、認知的な負担を回避するための価値ある投資となる。

プラクティス

段階的開示は、その適用コンテキストに応じて、いくつかの異なる戦略に分類できる。
  • 段階的開示 (Staged Disclosure):
    • 複雑なタスクを、直線的な一連の管理可能なステップに分割する。ウィザード形式のUIが典型例であり、ユーザーは一度に一つのタスクに集中できる。オンボーディングやチェックアウトプロセスに適している。
  • 条件的開示 (Conditional Disclosure):
    • ユーザーの特定の選択やアクションに応じて、追加のオプションや入力フィールドを表示する。「プロモーションコードを利用する」というチェックボックスを選択すると入力欄が現れるケースがこれにあたる。単一のビュー内で、オプションの複雑性をエレガントに管理するのに適している。
  • 文脈的開示 (Contextual Disclosure):
    • ユーザーが特定の要素に注目した、まさにその瞬間、その場所で、関連情報を提供する「ジャストインタイム」なアプローチ。ツールチップや、アイコンにマウスオーバーした際に表示されるポップアップなどが典型例である。ユーザーの作業フローを中断することなく、補助的な情報やヘルプを提供するのに非常に効果的である。
これらのパターンは、アコーディオンやタブ、モーダルウィンドウといった具体的なUIコンポーネントとして実装される。重要なのは、管理しようとしている複雑性の「性質」を正確に診断し、最も適切な開示方法を選択することである。

アンチパターン

  • 🚨 過剰な階層化 (Excessive Layering):
    • 情報を過度に分割しすぎ、目的の情報にたどり着くまでに何度もクリックが必要な状態。ユーザーは「時間の無駄だ」と感じ、強いフラストレーションを抱く。開示の階層は3レベル未満に抑えるべきであり、それ以上になる場合は、情報アーキテクチャそのものを見直す必要がある。
  • 🚨 発見可能性の欠如 (Lack of Discoverability):
    • 隠された機能にアクセスするための手がかり(シグニファイア)が不明瞭である。「詳細」のような曖昧なラベルや、一般的でないアイコンの使用は、ユーザーがその先に重要な機能があることを見逃す原因となる。

形態ではなく認知をシンプルにする思考法

第1部で定義した「認知的シンプルさこそが我々のゴールである」という思想を、より具体的なUIデザインの現場に落とし込む。ここでは、安易な「形態的シンプルさ」が失敗し、別の手段が「認知的シンプルさ」を達成する典型的なパターンを詳述する。我々の仕事は、画面上の要素を減らすことではなく、ユーザーの頭の中の「?」を減らすことである。

4.1 ケース1: アイコンのみのナビゲーション vs アイコン+ラベル

  • ❌ 形態的シンプルさ(悪手)
    • テキストラベルを排し、抽象的なアイコンのみを並べる。見た目はミニマルに感じるが、ユーザーはアイコンを見るたびに「この山のアイコンは何だっけ?」と推測と思考を強制される。これは、UIがユーザーに深刻な曖昧性という認知負荷を押し付けている状態だ。
  • ✅ 認知的シンプルさ(良手)
    • 普遍的に理解されているアイコン(家、虫眼鏡など)以外には、必ずテキストラベルを併記する。物理的な要素は増えるが、ユーザーは一瞥で各機能の意味を理解できる。思考は不要で、認識するだけだ。これは「認識は、記憶に勝る(Recognition over recall)」というユーザビリティの原則に基づいている。アイコンの意味を思い出す(記憶)作業は、ラベルを読む(認識)作業よりも遥かに高い認知コストを要する。

4.2 ケース2: 長大な単一フォーム vs ステップ分割されたウィザード

  • ❌ 形態的シンプルさ(悪手)
    • 20個の入力項目がずらりと並んだ単一のページ。ユーザーは全体像の把握が困難で、「まだこんなにあるのか…」と心理的な圧迫を感じる。これは決定疲れを誘発し、フォームの完遂率を著しく低下させる。
  • ✅ 認知的シンプルさ(良手)
    • 「基本情報」「配送先情報」「支払い情報」のように、関連する項目を3〜4つのステップに分割(チャンキング)する。ページ数やクリック数は増えるが、ユーザーは一度に一つのタスクに集中できる。「あと2ステップで終わりだ」という進捗の可視化は、モチベーションを維持させる。クリックという小さな物理的コストと引き換えに、見通しの立たないタスクに立ち向かうという大きな精神的コストをなくしている。

4.3 ケース3: 曖昧なエラーメッセージ vs 具体的なインラインエラー

  • ❌ 形態的シンプルさ(悪手)
    • フォーム送信後に「入力に誤りがあります」という一行だけのシンプルなメッセージを表示する。メッセージは簡潔だが、ユーザーは自力で問題箇所を発見するという探偵作業を強いられる。
  • ✅ 認知的シンプルさ(良手)
    • 問題のある入力フィールドの真下に、「パスワードは8文字以上で、数字を1つ以上含めてください」といった具体的で、文脈に即した(インラインの)指示を出す。テキスト量は増えるが、ユーザーは瞬時に問題点と解決策を把握できる。これは、ユーザーに代わってシステムが問題分析という複雑な作業を引き受ける、テスラーの法則の実践である。

4.4 結論: 我々の仕事は「思考の代理人」である

これらの例が示すように、本質的なシンプルさとは、物理的な要素の数で測られるものではない。それは、ユーザーが思考を巡らせる必要があった回数を、我々デザイナーがどれだけ肩代わりできたかによって測られる。明確なラベルを追加し、プロセスを分割し、具体的な指示を与える。これらの行為は、ユーザーの認知プロセスから曖昧さ、不安、そして推測といった最も有害な負荷を取り除くための、極めて戦略的な「足し算」なのである。

原則

ここまで、我々が漠然と感じていた「違和感」の正体が、人間の認知メカニズムとの科学的な不協和音であることを論証してきました。この理論的探求の目的は、デザイナーをルールで縛り付けることではありません。むしろ、これらの第一原理を共通言語として持つことで、我々は「なぜ、このデザインが優れているのか」を感覚論ではなく、客観的かつ論理的に説明できるようになります。
以下に、これまでの全ての理論から導き出される、我々が日々のデザイン業務において決して逸脱してはならない4つの絶対原則を提示します。

原則1: 主役は常に一人 (One Primary Focus)

あらゆるビューには、ユーザーに達成してほしい、あるいは理解してほしい、ただ一つの最優先事項が存在しなければなりません。その「一つ」が、視覚的に最も際立つように設計してください。

原則2: 集め、そして離せ (Group and Separate)

関連する要素は、それが疑いようのない一つのユニットだと認識できるよう物理的に近接させ、異なるユニット間には、明確な境界線となるだけの十分な余白を確保してください。

原則3: 加える前に、まず削れ (Subtract, Then Add)

新しい要素を追加する前に、まず既存の要素から何かを取り除けないかを自問してください。完成とは、これ以上取り去るものがない時に達成されます。

原則4: 視覚的語彙を制限せよ (Limit Your Visual Vocabulary)

プロダクト全体で使用する色、タイポグラフィ、スペーシング、形状の種類の数を、意図的に、かつ厳格に制限してください。この「語彙」の制限が、プロダクト全体の一貫性と秩序を保証します。

究極の原則: 認知をシンプルにせよ (Simplify Cognition)

これら4つの原則は、すべて、ただ一つの究極的な目的を達成するための手段に過ぎません。
それは、ユーザーの認知プロセスそのものを、極限までシンプルにすることです。
我々の仕事の成果は、作り上げたUIの見た目の美しさや、実装された機能の数によって測られるべきではありません。それは、ユーザーが我々のプロダ-クトを使っている間、どれだけ「プロダクトのこと自体を考えずに済んだか」によって測られるべきなのです。
最高のデザインは、自らの存在を消し去り、ユーザーの意識と目的を直結させる。その透明な状態こそ、我々が目指すべき、本質的なシンプルさの境地なのです。

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